半導体業界の地価に与える影響

 先日、熊本県で工場用地の不動産鑑定評価を行う機会がありました。かなり大変な評価で、この評価のために半導体業界の本を3冊ほど購入して半導体業界について勉強しました。お陰様でこの業界についてある程度詳しくなったことや士業向けの講演を依頼されたこともあり、弁護士会館(福岡市中央区六本松)にて、「半導体業界の地価に与える影響」というテーマで講演を行いました。

 手応えとしては、簡単な内容ではありましたが技術的な話も絡めて説明しましたので、多くの士業の先生方に好評でした。資料も添付していますが、以下概要をお伝えします(概要といいつつ長くなってしまいました。)。

【概要】

 半導体とは、電気を良く通す金属などの「導体」と電気をほとんど通さないゴムなどの「絶縁体」との、中間の性質を持つシリコンなどの物質や材料であり、家電製品や電子機器に使われます。

 半導体の電子回路の幅のことを「線幅」といいますが、この線幅が狭いほど物理的に小さな半導体が作れるのはもちろんのこと、電子の移動距離が短くなるため処理能力が速くなり、さらに使用電力が少ないという性質を持っております。実は、この使用電力が少ないというのが重要で、例えば車は半導体が使われていますが車体が大きいため物理的に小さくする必要はありません。しかしながら、使用電力が少ないという理由で線幅が狭い半導体が必要なのです(もちろん、処理能力が速いに越したことはありませんが。)。近年では生成AIによる動画・画像の生成やビジネスシーンにも活用されつつあり、これらは処理能力が速い半導体が求められているため、その需要は急拡大しています。このように、半導体は短期的な在庫サイクルを伴いながらも、長期的には需要は増え続けると考えられますので、半導体業界自体が急速に縮小することはないのではないかと思われます。

 最近よくニュースになっている熊本のTSMCの工場は、22nm~28nm(及び12nm~16nm)の汎用型半導体であり、千歳市で建設が進むRapidusの工場は最新技術である2nmの半導体の量産化を計画しています。ちなみにニュースではTSMCという報道のされ方をしていますが、正確にいうと、熊本工場はJASM社(TSMCが中心となって出資された会社)が運営をしています。なので、TSMCの熊本工場が話題に上がったときには「あ~、JASMのことね。」と言ってあげると、如何にも知ってる風にマウントを取ることができますので是非覚えておきましょう。

 半導体を生産するためには洗浄するための水が必要であり、地下水が豊富な立地が求められます。その他には、労働力が確保できること、物流施設(港湾・空港含む)の有無、確保できる電力の多寡等が立地の条件となります。できれば空気もきれいなほうがいいです(地下水が豊富なところは必然的に空気もきれいなところが多い気がしますが。)。このように、半導体工場の立地を左右する要素は複合的に存在しますが、実は行政の情熱や助成の有無が重要であったりもします。JASM社の熊本第一工場は国・熊本県・菊陽町が一体となって誘致しており、第二工場も熊本県(菊陽町)に何とか誘致しようと熱心に活動しております。日本も日米半導体協定で失った競争力を取り戻そうと必死です。熊本県(及び菊陽町)も地域経済の起爆剤になるために頑張っています。半導体は「産業のコメ」と呼ばれており(かつては鉄鋼が同様に呼ばれていましたが)重要な産業であることから、日本の経済発展のためにもこのような工場誘致が進むことを願っております。

 半導体産業は裾野が広く、日本は半導体製造装置や半導体材料系に強みを持ち、世界的なシェアも高いです。半導体工場は基本的に24時間操業しており、トラブルが起こった時の対応や、技術的な摺合せのための打ち合わせ(営業?)が必要であったりと半導体工場単独で存在することはなく、周辺には関連工場・事業所や物流施設も立地しており、その裾野は非常に大きいといえます。そのため、半導体工場の進出が決定するとその規模は途方もなく大きなものとなり、工場用地需要や半導体工場及びその関連企業の労働力需要はもちろんのこと、住宅・商業需要、建築費等ありとあらゆるものが高騰します。これら費用等の高まりは悪いことではなく、地域経済に恩恵を与えますので景気サイクルの好循環が生まれます。実際にJASM社の熊本工場建設により、住居費等の物価高騰の一部マイナス面はありますが、経済面においてはおおむね良好に働いています。

 前置きが大変長くなってしまいましたが、地価の話に進みたいと思います。菊陽町及び隣接市町の工場用地はTSMCの進出発表以降、ざっくりいうと地価は5倍程度と大幅に上昇しております。近くに大津町の工場用地としての地価調査基準地がありますが、(諸々の理由により)実勢価格に追いついていない状況です。なぜこのように地価が上昇しているかというと、単純に用地需要に対して供給が不足しているからです。Google mapでTSMC(JASM)第一工場を確認すると周辺にまだ畑地や山林が広がっているので、そんなに需要が逼迫することはないだろうと思われるかもしれません。しかしながら、これら殆どは市街化調整区域にかかっているため基本的に開発が抑制されております(詳細は省略しますが、簡単に畑地を造成して宅地にできないということです。)。当該第一工場も市街化調整区域に位置しておりますが、官民一体となって地区計画等を策定することにより開発が可能となった経緯があります。行政が産業団地を分譲するケースを除いては、進出しようとする企業が市街化調整区域の畑地をこれら所有者と直接的にそれぞれに交渉してまとめ上げ、さらに開発許可を取ってしまうということは非常に難易度やリスクが高いものとなってしまいます(もちろん、その機会を狙ったブローカーが存在します。)。このような理由から、工場適地(物流施設)は大幅に不足しており地価は著しく上昇しています。

 これを読まれている方には、今までの周辺の地価水準が存在するはずであり、地価水準が数倍となることはおかしいと感じられる方もおられるかもしれません。しかし極端な話をすれば、進出しようとする企業はその用地を得なければ自らの事業によるキャッシュを得ることは出来ないわけであり、裏を返せば、採算さえ合えば周辺の地価水準は参考にならないということになります。少し前の話になりますが宮古島でリゾート開発が進み、当時、坪5,000円程度だった畑地が坪500,000円(なんと100倍!)で取引されたこともあったようです。もっと前の話になると、2000年前後はゴルフ場の売却が相次ましたが、これらを取得したのが外資系ファンドでした。彼らは投資採算性を主眼に取得しておりその後売却することにより大きな利益を得ましたが、当時はハゲタカファンドなどと揶揄されていました(そういえば、最近はこの単語聞かないですね。こういう価値判断が主流になってきたからだとは思いますが。)。

 このように、菊陽町を中心として工場用地の上昇はもちろんのこと、住宅・商業に関連するあらゆる物価が上昇しており、巷では「半導体バブル」とも言われています。しかしながら本家である台湾の工場を鑑みると第一工場の規模の4倍程度の工場が4箇所あり、TSMCが本来欲している規模は第一工場の16倍くらいはあってもおかしくないと思われます。そう考えると、第一工場の建設で地域経済は大きく盛り上がっていますが、実はこれは序章に過ぎず、今後はもっと大きな発展が起きるのではないかと推測され、決してバブルのように弾けてしまうということはなさそうです。また、熊本県(及び菊陽町)は自らの地域で何とかしたいとは考えていると思いますが、規模が大きすぎて、圏外にあふれてしまう可能性があります。その時は・・・、夢が広がりますね。

 話は少しそれますが、外資の動きは日本と比べると桁違いに速いですね。日本は「根回し」という文化があり、物事を進めるためには予め各所に了解を取って進めていきますよね。物事をスムーズに進めるという面では非常に有効であるという反面、その過程においては大きな時間が掛かってしまいます。今日のビジネスサイクルは非常に短いものとなっており、迅速な決断が迫られております。液晶ディスプレイやメモリーに関してもそうですが、これら大規模な装置産業に対しての投資判断に時間が掛かったこともあり、結果としてSamsungに後塵を拝する結果になったのではないかという苦い事実があります。今回、TSMCは2021年11月に工場進出を発表。2024年末には生産開始予定です。他方、ラピダスは2023年2月に工場進出を発表、2027年に生産開始予定です。現在のところ発表段階では決定から生産開始までの期間の差は約1年ですが、これは、この業界では大きな差となると思います。日本は技術的には優秀ですがそれを軌道に乗せるための時間がかかっており、技術発展云々よりもこれらプロセスを改善する方が、より世界的に優位的な地位を築けるのではないかと思われます。熊本工場も発展することを願いますが、Rapidusの千歳工場も是非成功してもらいたいなと個人的には思っております。

 以上が半導体業界についての話になります。不動産の鑑定は、よく、電卓を叩けばすぐに数字が出るから作業量が多くなくて楽なイメージを持たれてしまいます。しかしながら、実際は不動産の確定・確認、マーケット・地域の把握や分析等が評価の大部分を占め、計算という作業は鑑定評価における作業の氷山の一角のようなものです(体感的には計算は全体の5~10%くらいですね。)。本件も、慣れない技術的用語に対する理解や業界の動向の把握に始まり、各行政及び不動産業者へのヒアリング、広大な土地の確定・確認等、いろいろと大変な苦労を伴った反面、非常にいい勉強になったと思います。